
男はズズッと鼻をすすり、着物の袖で涙を拭った。
『 いや、すまねえ。アンタの事情はよく分かった。
先生に紹介して絵を頼みたいところなんだが… 』
ここで男はアゴに手を当て、しばらく思案した。
『 あいにく、いま先生から頼みごとを受けててな。
そいつを片付けないと… 』 男は再び考えこんだ。
そして何か閃いた顔をして、ポン、と手を打った。
『 ああ、いけるかもしれねぇ。これなら俺も
アンタも両方の用事を片付けられるじゃねえか 』
男はほとんど独り言のように会話を進めていく。
そして朗らかな表情でシンディに手を差し出した。
『 申し遅れた。俺は先生の弟子の北渓と申す 』
シンディは彼の握手を躊躇して、僕の方を見た。
臭いを気にしてる場合か。行け、と僕は合図した。
彼女は目を閉じ、スッーと深く息を吸ってから
せーの!という勢いで彼からの握手に応えた。
『 ホッケーさんね。私はシンディです。よろしく 』
シンディが最高の営業スマイルで微笑みかけると
彼は顔を赤くして、逆の手で頭をボリボリかいた。
その髪からフケが舞っている。シンディ、耐えろ。
彼女は笑顔を崩さず、握手を離す瞬間を待った。
『 しんでぇいさんか、やはりアンタ異国の人か。
ま、大丈夫だ。とりあえず俺に任しときな!』
北渓は手を離すと、自信満々に拳で胸を打った。
シンディは彼から見えないよう、握手してた手を
自分のデニムジーンズの後ろ側で拭いている。
『 そうと決まれば善は急げだ!こっちにきな!』
北渓はそう言って、僕らを北斎の家に案内した。