
その瞬間、僕の横に座っていたシンディの方から
ブチッ!という音がした。いや、それは決して
物理的な音ではなかったけど確かに聞こえたのだ。
北斎の描いた水墨画の和紙が散乱する畳の上で
あぐらをかいていた彼女はゆらりと立ち上がると
北斎の方に向かって1歩、また1歩と近づいていく。
そしてあと3歩、という位の距離で立ち止まった。
『 おい、人間。貴様、いま我に何と言った?』
あ、ヤバい。シンディの口調が変わってしまった。
いま彼女は怒りのあまり、完全に魔族モードだ。
『 あ?』 北斎は彼女を見上げて怪訝な顔をした。
シンディは仁王立ちで腕を組み、もの凄い怒気だ。
『 悪魔星王族の我に向かい、価値が無いだと?』
これはマズい。今の彼女は本気で北斎をヤる気だ。
無許可でタイムトラベルをした時点で違法なのに
ここで北斎を消したら、歴史が変わってしまう。
宇宙法で裁かれたら間違いなく死刑になるだろう。
『 罪深き人間よ… 』 シンディの髪の色が赤くなる。
そして右手を天にかざした。能力を使うつもりだ。
彼女を中心に闇が広がり、怨霊が手に集いだした。
本気かよ!僕は立ち上がって彼女の肩をつかんだ。
『 ストップ!』 そして僕は彼女を刺激しないよう
ゆっくりと、慎重に言葉を選んで耳打ちした。
『 落ち着け、彼を消したら完全にアウトだぞ。
寿命100年どころじゃない、捕まったら死刑だ 』
シンディは鬱陶しそうな眼差しで僕を見ている。
北斎と北渓さんはこの異様な光景に放心していた。
どうしよう、何と説明してこの場を収めようか。