web小説 ≪不食人類♯3≫
「すっごい久しぶりですね」
滝沢が自動改札機を出ると、五条は歩いて
近づいてくるなり、自然な笑顔でそう言った
久しぶり、というのは彼女と会うことか
それとも路上ライブを久々にすることなのか
その両方なのか、ハッキリとは言わない
彼女の物言いはそういったことがよくある
会話の中に含みを込めることが多いのだ
「おかげでライブをする決心がついたよ」
とはいえ、彼女との付き合いも長いので
そこらへんのやりとりは慣れたものである
余計なことはハッキリさせず会話を続ける
質問しても野暮な男あつかいされるだけだ
もともと五条は滝沢の熱心なファンだった
彼女と初めて会ったのは滝沢が5年位前に
下北で路上ライブをしていた時のことだった
その日、彼がギターを弾いて歌っていると
学校帰りの子供がたくさん集まってきた
子供たちはすぐに彼の歌を覚えて大合唱
道行く通行人が好奇の眼差しで彼らを見る
滝沢の歌は子供に受けることが多かった
そしてその光景を見て大人達も立ち止まる
五条は遠巻きにそれを見ていた1人だった
それから彼女はライブに来るようになった
五条との出会いと人間関係
最初はお客さんとして来るだけだったのが
ライブ会場でグッズの販売を手伝ったり
いつしかマネージャーのようになっていた
とはいえ、彼女と滝沢はそれだけの関係だ
ミュージシャンがファンに手を出して
余計な悪評をバラまくことはよくあるが
滝沢のポリシーとしてそれは絶対なかった
音楽を女を釣る道具にはしたくないのだ
「今日はまずどこでやるんですか?」
五条は滝沢と一緒に歩きながら質問した
黒く、ツバの広い帽子を深めにかぶり
涼しげな白のカーディガンの下には
対照的なブラックのインナーを着ている
ショートのデニムから見える足が綺麗だ
彼女と初めて会った時は25歳だったから
もうアラサーか、30代になった頃だろう
滝沢は彼女の方を見て少し間を置いた
よく見ると目尻に皺があることに気付く
自分も歳をとったが彼女もとったんだな
と、なぜか感慨深い気持ちになっていた
「・・・何ですか?」
五条は訝しげな表情で滝沢を見据えた
「あ、いや・・・まずそこの広場で」
と言って彼は駅前のロータリーを指した
久々のライブに向けた彼女の気迫
バスやタクシーが走り回るロータリーの
中央には生垣に囲まれた広場があった
ベンチに座る人々、喫煙所でタバコを
吸っている人達がのどかに談笑している
路上ライブを警察に止められるかどうか
まずはその場所で確認したかったのと
そこから見える景色が滝沢は好きだった
五条は視線を彼の方に戻してこう言った
「なるほど、じゃあ打ち合わせしましょう」
彼女はピンクのショルダーバッグから
書類を取り出すとそれを滝沢に手渡した
「え、何これ・・・曲順、MC・・・?
自己紹介のタイミング・・・!?」
文書には細かくライブのスケジュールが
詳細までビッシリと書き込まれていた
「セットリスト作ってきたの!?」
路上ライブでここまでスケジュールを
キッチリと決めることは普通はまず無い
しかし、彼女は普通の会場でやるのと
同じような感覚で書類を準備したようだ
予想外の出来事に滝沢はただ圧倒された
「今日は路上ライブなんだけど・・・」
と彼が言いかけたタイミングで五条は
畳み込むように滝沢に向けて言い放った
「これだけ久しぶりのライブですよ?
準備不足でお客さんが満足しなかったら
ファンに申し訳ないと思いませんか?
そもそもいつもアドリブで・・・」
そこから先の後半は黙って聞くしかない
滝沢と五条の進行方向は自然と広場から
駅前にある喫茶店の方へと向かっていた
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