web小説 ≪不食人類♯1≫
「300万…かぁ」
滝沢は発泡酒をグィッとあおってから
テーブルに置かれたスマホをボーッと眺めた
そこに表示されてるのはリボ払いの借金残高
最初はほんのちょっと借りるだけと思いつつ
それを繰り返していくうちに気付けばこれだ
一人暮らし1Kの部屋には空き缶や衣類などが
彼の気持ちを表すかのように散乱している
部屋の中央のコタツ兼テーブルには沢山の
楽譜が乱雑に置かれており、滝沢はどんどん
情けなくなってきてテーブルに突っ伏した
ふと目を開けると部屋の片隅に立てかけた
ギブソンのフォークギターが視界に入った
こんな夜はこいつをかき鳴らして歌いたい
…がギターを持とうとした手が途中で止まる
時計を見ると午前4時、さすがにマズイか
隣人に壁ドンされた回数は数えきれない
いまの状況で引っ越しとかマジで無理である
ほんの数年前までは300人ホールでワンマン
ライブをやっていたのが嘘のような現実だ
小さな事務所に所属して音楽活動していたが
コロナの影響で仕事がどんどん減っていき
ついに事務所から解雇されてフリーになった
コロナ禍で音楽を続けてきた2年間
フリーと言えば聞こえはいいが要はプー
そのへんのアマチュアと変わらない立場だ
とはいえ、さすがに彼にもプライドがある
自分はアーティストなんだ、という想いで
他の仕事は一切せずに、2年間やってきた
スタジオミュージシャン、サポート演奏
路上ライブや、CDの手売り・・・
「その結果がこれだもんなぁ・・・」
自虐的な気持ちで300万の表示を眺める
何だかんだで交通費や経費なども含めて
赤字が続いてきた結果なんだろうなと思う
その場しのぎでクレカを使ってきたので
正直、何でこんなに借金が膨らんだのか
分からないし、もう調べる気にもならない
ただ、これ以上はヤバイことだけは分かる
朝4時に送られてきた煽りメール
もうバイトでもするか、と思ってた矢先
スマホにLINEのメッセージが表示された
「そろそろライブしないんですか?
タッキーのことみんな忘れちゃいますよ」
滝沢はそれを見て胸がチクッと傷んだ
こんな現状の彼だが、まだファンはいる
送信してきたのは五条という女性だった
最初は熱心な滝沢のファンだった彼女は
いつしかライブの時にもマネージャー的な
役割で色々と手伝ってくれるようになり
今でもサポートしてくれる貴重な存在だ
ここ最近の滝沢のモチベーションが落ちて
きているのをきっと見抜いてるのだろう
そんな時、こういう風に彼女は煽ってくる
「朝の4時からこれかよ」
滝沢は思わず苦笑した
確かにここ最近はライブすらしていない
一応、YouTubeに動画をアップしたり
SNSを使って情報発信してはいるのだが
お金になるといってもスズメの涙である
結局、彼の音楽活動の中で最も売上に
貢献していたのは生のライブ活動であった
彼は冷蔵庫に行ってもう1本の缶を開け
それをチビチビ飲みながら今後を考えた
今年で35歳、もう後戻りできない年齢だ
見込みがないなら、音楽をスッパリ辞めて
他の仕事でイチからやり直すべきだろう
五条のメッセージは「既読」になっている
彼はどう返信するか目を閉じて色々考えた
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